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名所・歴史探訪

土地の名所・史跡は、様々な歴史を教えてくれます。観光にとどまらず、ライターならではの目線で由緒あるスポットを詳しくご紹介します。

奥村 多喜三

語ろ具ライターによるオリジナル記事です。

あぶり餅の紅葉探訪記 〜 京都人の京都散歩

季節は秋から冬へ。京都は季節の移ろいでその表情を変えようとしています。今年最後の紅葉をお楽しみください。

今月は京都、紫野の船岡山を中心に健勲神社→大徳寺・総見院→高桐院→今宮神社とあぶり餅の紅葉探訪記です。平安京の大内裏の北方角に接した、船岡山付近は紫野といわれ、朝廷の猟や遊覧の地でした。場所は市バス(206号系統)船岡山→健勲神社→大徳寺の停留所付近にあります。
健勲神社
健勲神社
船岡山の中腹にある織田信長公を祀る健勲神社(けんくんじんじゃ)は明治時代に創建されました。
あれほどの英雄でありながら神になれなかったのは、ひそかに日本国の最高位になろうとして安土城に御所を造ったからだといわれています。
この事は近年安土城建設の研究からも解明され、NHKでも放映されました。
安土城は、天守閣の上から御所を睥睨する設計でありました。そこへ天皇はじめ公家を京都から移して政治を行う姿勢を見せはじめたといわれています。首都移転計画です。但しこのあたりからは、信長公の心の中のことであり真偽の程はわかりません。信長公は戦国時代を終わらせ統一しようとした英雄でした。しかし理想を実現するには、人臣の最高位でも不足だったようです。このような状況のときに、時の関白が画策され、明智光秀公により織田家は滅んだといわれています。一大改革児の信長公の考えに、皆がついて行けなくなったのでしょうね。明治天皇は新しい日本になった。信長公を神に祀ろうと、健勲神社を創建されたと聞いています。

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