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芸術・文学
映画は観るよりも作る!〜シリーズ「映画でリッチになる暮らし」(2)
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美術、音楽、本や作家の話題など、インタビューや体験レポートでご紹介していきます。アートの世界。皆さんも始めてみませんか?
三木 サトル
語ろ具ライターによるオリジナル記事です。
映画は観るよりも作る!〜シリーズ「映画でリッチになる暮らし」(2)
鳥取県という日本で一番人口の少ない県で素敵な映画が完成しました。それは、とても温かく、気持がゆたかになる映画のようです。
10月26日午後7時。10月最後の、せっかくの金曜の夜なのに、天気は雨。誰もがちょっと残念そうな表情を浮かべる東京で、一箇所だけ、温かく、そして熱い人々の思いが花開いた場所がありました。今回は、ユナイテッドシネマ豊洲での、ある映画の上映の話です。
僕はかつて、総務省在籍時、地域からの情報発信の未来を考える「地域メディアコンテンツ研究会」という会議を運営していたことがあります。その委員として出席されていた高橋さんは、鳥取県米子市を基盤としたケーブルTV会社を経営されるだけでなく、通信衛星を使って、ある地方の番組を別の地方で放送するといった、画期的な事業を行なっておられました。何故、高橋さんはそのような事業をされるのでしょうか?その答えは「東京からの一極発信の打破」だったのです。
“すべての情報が東京から発信され、地方がそれを受け取るだけなんておかしい”“これからは地方が全国へ情報を発信していく時代だ”高橋さんは、常々こうおっしゃっていたと思います。これは、鳥取のお隣・島根県出雲市出身の僕も、正に思っていたことであり、僕は高橋さんのその理想と実行力を、本当に尊敬したものです。そして、その研究会終了後も、東京でお会いしたり、また、出雲への帰省の際、高橋さんの放送局に遊びに行ったりと、お付き合いさせていただいておりました。
その出会いから5年−。高橋さんは、ついに、TV番組ではなく、映画まで製作されました。しかも、スタッフ・キャストともに、市民ボランティアによる映画を。それが、冒頭に述べた作品「梨の花は春の雪」です。
この作品は、04年に企画が立ち上がり、全国から原作を一般公募。80通もの応募の中から、地元在住・松本薫さんの作品が選ばれました。更に脚本も一般公募され、06年9月にクランクイン。スタッフ、キャストも多くの市民によるものでした。そして着想から約3年。ついに作品が陽の目を浴びる日が来たのです。地元での上映は大盛況で、あっという間に、5,000動員が視野に入ってきました。そして作品は、はるばる東京へ。日本で一番人口の少ない県の、小さな市でできた映画が、大都会へやってきたのです。
全国400やら500やらといった劇場で、年間何十本も、“東京の映画”が一斉に上映される時代の中で。TVも新聞もインターネットも同様で、とにかくすべての情報がメイド・イン・トーキョー。まるでシャワーのように、一箇所から一方的に、降り注がれる構造の中で。 映画を楽しむ人の大半は、それを受け取って楽しむ人。でも、本当に映画を楽しんでいる人は、映画を皆で作り、多くの方に観てもらって楽しむ人−。 上映前の高橋さんのスピーチ−その幸せと希望に溢れたお顔を拝見し、僕はそう思いました。 本作は、この後、名古屋(11/29)、大阪(12/10)でも上映が決まったそうです。米子からの情報発信は、まだまだ快進撃を続けます。
10月26日午後7時。10月最後の、せっかくの金曜の夜なのに、天気は雨。誰もがちょっと残念そうな表情を浮かべる東京で、一箇所だけ、温かく、そして熱い人々の思いが花開いた場所がありました。今回は、ユナイテッドシネマ豊洲での、ある映画の上映の話です。
僕はかつて、総務省在籍時、地域からの情報発信の未来を考える「地域メディアコンテンツ研究会」という会議を運営していたことがあります。その委員として出席されていた高橋さんは、鳥取県米子市を基盤としたケーブルTV会社を経営されるだけでなく、通信衛星を使って、ある地方の番組を別の地方で放送するといった、画期的な事業を行なっておられました。何故、高橋さんはそのような事業をされるのでしょうか?その答えは「東京からの一極発信の打破」だったのです。
“すべての情報が東京から発信され、地方がそれを受け取るだけなんておかしい”“これからは地方が全国へ情報を発信していく時代だ”高橋さんは、常々こうおっしゃっていたと思います。これは、鳥取のお隣・島根県出雲市出身の僕も、正に思っていたことであり、僕は高橋さんのその理想と実行力を、本当に尊敬したものです。そして、その研究会終了後も、東京でお会いしたり、また、出雲への帰省の際、高橋さんの放送局に遊びに行ったりと、お付き合いさせていただいておりました。
その出会いから5年−。高橋さんは、ついに、TV番組ではなく、映画まで製作されました。しかも、スタッフ・キャストともに、市民ボランティアによる映画を。それが、冒頭に述べた作品「梨の花は春の雪」です。
この作品は、04年に企画が立ち上がり、全国から原作を一般公募。80通もの応募の中から、地元在住・松本薫さんの作品が選ばれました。更に脚本も一般公募され、06年9月にクランクイン。スタッフ、キャストも多くの市民によるものでした。そして着想から約3年。ついに作品が陽の目を浴びる日が来たのです。地元での上映は大盛況で、あっという間に、5,000動員が視野に入ってきました。そして作品は、はるばる東京へ。日本で一番人口の少ない県の、小さな市でできた映画が、大都会へやってきたのです。
全国400やら500やらといった劇場で、年間何十本も、“東京の映画”が一斉に上映される時代の中で。TVも新聞もインターネットも同様で、とにかくすべての情報がメイド・イン・トーキョー。まるでシャワーのように、一箇所から一方的に、降り注がれる構造の中で。 映画を楽しむ人の大半は、それを受け取って楽しむ人。でも、本当に映画を楽しんでいる人は、映画を皆で作り、多くの方に観てもらって楽しむ人−。 上映前の高橋さんのスピーチ−その幸せと希望に溢れたお顔を拝見し、僕はそう思いました。 本作は、この後、名古屋(11/29)、大阪(12/10)でも上映が決まったそうです。米子からの情報発信は、まだまだ快進撃を続けます。

