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名所・歴史探訪

土地の名所・史跡は、様々な歴史を教えてくれます。観光にとどまらず、ライターならではの目線で由緒あるスポットを詳しくご紹介します。

醸 のり子

語ろ具ライターによるオリジナル記事です。

梅の渓・月ヶ瀬梅渓

「一目八景」ってご存知でした?一度に8つの景色を楽しめることだそうです。さて、その8つとはなんでしょう?そんな贅沢な風景が楽しめる奈良県の月ヶ瀬梅渓の歴史を、春の香りとともに感じてください。 (編)

関西屈指の梅の名所である月ヶ瀬梅渓(地図)は、歴史ロマンの伝わる地でもあります。春には、湖から吹き上げる風が梅の香りを運び、そこに鶯もやってきて、美しい鳴き声を楽しむこともできるのです。
まさに、花・鳥・風・ロマンの地を、みなさんにご紹介しましょう。


梅と月ヶ瀬橋

■南北朝の悲恋が伝わる奈良県南部〜東部
日本の歴史の中で、天皇が流罪になったことがあると言ったら驚かれるでしょうか。

讃岐に流罪になり憤死、その後祟りが相次いだため「天皇」の名を贈られた崇徳(すとく)天皇や、同じく死後に崇道(すどう)天皇と呼ばれた早良(さわら)親王、反対に譲位(じょうい・天皇の位を他の人に譲ること)後に反乱を起こして島流しとなった順徳(じゅんとく)天皇など、流罪になった天皇は何人かおられます。

しかし、後醍醐(ごだいご)天皇の場合は、全く事情が違います。即位中に、その位を剥奪される形で流罪になったのです。
後醍醐天皇の時代、鎌倉幕府が朝廷よりも力を持っていました。そのため、倒幕を志した天皇は、山に隠れ、里にかくまわれと、天皇としては例外的に、各地に移り住まれたのです。

月ヶ瀬に程近い近い笠置山(かさぎやま)は、天皇が挙兵の拠点とした場所です。そのため、女官が病に倒れて一行から離脱し、帝を慕い焦がれながら里で亡くなったという伝説が、いくつか残っているようです。
そのひとつがここ、月ヶ瀬にもあります。

彼女の名前は園生姫(そのおひめ)。ただし、彼女は村人の親切な看病のおかげで命をとりとめました。姫の病が癒えた後、村人に烏梅(うばい)の作り方を伝授したといいます。烏梅とは梅の実をいぶしたもので、胃腸薬などになったようです。

つまり、伝説によれば、月ヶ瀬の梅渓は後醍醐天皇がこの付近に隠遁していた14世紀にはすでに存在したということになります。

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