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海と山の神様・大山祇神社〜神社を歩く(10)
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土地の名所・史跡は、様々な歴史を教えてくれます。観光にとどまらず、ライターならではの目線で由緒あるスポットを詳しくご紹介します。
醸 のり子
語ろ具ライターによるオリジナル記事です。
海と山の神様・大山祇神社〜神社を歩く(10)
千年以上も続いた日本の「律令制」。その「律令制」に基づく国々の中にある最も古い神社を「一の宮」というそうです。今回は「伊予国」の一の宮を訪ねて、瀬戸内海に浮かぶ愛媛県今治市の「大山祇神社」のご案内です。
(編)
■伊予国一の宮・大山祇神社
現在の日本は、北は北海道から南の沖縄まで、47の都道府県に分かれています。しかし明治初期までは、奈良時代に律令制(りつりょうせい)に基づいて設置された、70前後の令制国(りょうせいこく・旧国とも)で成り立っていました。
例えば、奈良県は「大和(やまと)」と呼ばれていました。東京と埼玉、そして神奈川の一部は「武蔵(むさし)」。大阪は「和泉(いずみ)」「摂津(せっつ)」「河内(かわち)」の三つの国から成り立っていました。
ちなみに、和歌山県は「紀伊国」と書いて「きのくに」と呼びますが、もともとは「木の国」だったと言われています。ただ、律令制においては、「国名は二文字」と決められていたため、「紀伊」という文字に置き換えたのだそうです。九州熊本や長崎の「肥前(ひぜん)」「肥後(ひご)」も、そもそもは統一されていて「火の国」と呼ばれていたと言われます。
この令制国の数は、時代により分割したり統合したりしていますが、大きな変化はありません。
千年以上の長い年月、この国は、これらの「国」で成り立っていたのです。そして、その国で一番古い神社を、「一の宮」と呼んでいます。
今回は伊予国(いよのくに)一の宮である、大山祇(おおやまづみ)神社を見てみたいと思います。
大山祇神社のご祭神である大山祇命は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の御子で、山の神であるとされます。しかし、この神様には、山の神だけではなく、さまざまな側面があるのです。
大山祇神社
■伊予国一の宮・大山祇神社
現在の日本は、北は北海道から南の沖縄まで、47の都道府県に分かれています。しかし明治初期までは、奈良時代に律令制(りつりょうせい)に基づいて設置された、70前後の令制国(りょうせいこく・旧国とも)で成り立っていました。
例えば、奈良県は「大和(やまと)」と呼ばれていました。東京と埼玉、そして神奈川の一部は「武蔵(むさし)」。大阪は「和泉(いずみ)」「摂津(せっつ)」「河内(かわち)」の三つの国から成り立っていました。
ちなみに、和歌山県は「紀伊国」と書いて「きのくに」と呼びますが、もともとは「木の国」だったと言われています。ただ、律令制においては、「国名は二文字」と決められていたため、「紀伊」という文字に置き換えたのだそうです。九州熊本や長崎の「肥前(ひぜん)」「肥後(ひご)」も、そもそもは統一されていて「火の国」と呼ばれていたと言われます。
この令制国の数は、時代により分割したり統合したりしていますが、大きな変化はありません。
千年以上の長い年月、この国は、これらの「国」で成り立っていたのです。そして、その国で一番古い神社を、「一の宮」と呼んでいます。
今回は伊予国(いよのくに)一の宮である、大山祇(おおやまづみ)神社を見てみたいと思います。
大山祇神社のご祭神である大山祇命は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の御子で、山の神であるとされます。しかし、この神様には、山の神だけではなく、さまざまな側面があるのです。

