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名所・歴史探訪

土地の名所・史跡は、様々な歴史を教えてくれます。観光にとどまらず、ライターならではの目線で由緒あるスポットを詳しくご紹介します。

成田 青央

語ろ具ライターによるオリジナル記事です。

群馬県・岩櫃城跡〜日本全国47都道府県・不思議再発見の旅vol.12

戦国時代の雄・真田一族が城主だった岩櫃城。武田家の将であった真田一族が活躍したのは、この険しい山城があったからではないか、との想いを胸に城跡を見上げるのも不思議再発見の旅ではないでしょうか。 (編)

日本全国47都道府県を北から順に巡り、その土地の歴史的な不思議をご紹介していきたいと思います。12回目は群馬県の岩櫃城跡に行ってきました。

■家康が本気で恐れた山城

小説家・池波正太郎が得意とした、いわゆる「真田もの」を集大成したといわれる長編歴史小説に『真田太平記』がある。本作品のファンであれば、「岩櫃城(いわびつじょう)」の名を聞けば、何かしら、心に騒ぐものを感じることだろう。

群馬県吾妻(あがつま)郡東吾妻町に位置する岩櫃山(地図)は、標高802メートルの岩山で、吾妻八景を代表する景勝地として知られている。その東側にあった山城の岩櫃城は、吾妻郡支配の中心的役割を担う城であり、武田信玄の上野(こうづけ)進出に際して、属将の真田幸隆が落城させたことにより、以後は、真田氏が城主となった。


岩櫃城の城跡

後に真田の本拠地として沼田城が築城されても、その支城として扱われたが、何より、この城の名が歴史に留められているのは、武田氏滅亡の折に、真田昌幸が武田勝頼をこの城に招いていたことによるものであろう。

もし、勝頼が新府城を追われる際に、小山田信茂の岩殿山城を目指さずに、真田を頼って岩櫃城に落ち延びれば、土壇場で裏切られることもなく、高家(こうけ。江戸幕府における儀式や典礼を司る役職)として生き永らえることは出来たのでは?と考える歴史家は多い。

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