旅行
大人の旅の楽しみ方をご紹介します。国内観光の穴場から海外旅行のお役立ち情報まで、生きたトラベルガイドとしてお役立てください。
まこちゃん
語ろ具ライターによるオリジナル記事です。
墨絵とソフトボールで中国の学生と交流
中国・四川省の学生と交流するための旅。単なる観光旅行では味わえない現地の人との出会いが待っていました。旅の目的は人と人との心の会話。お土産は旅で出会った人達からの暖かい便り。記録よりも記憶の旅、してみませんか?
(編)
■上海で住んで
私は以前主人の転勤で上海に4年間住んでいた。
現地で住むことは、異文化を肌でふれる勉強のチャンスだと思った。
上海の友人に加えて、旅に出るたびに中国各地で友人ができた。
上海農業大学の日本語科で日常会話を教えていたことがある。
日本人がたくさん住んでいる上海であっても学生達は日本人と話す機会はないという。
文法や教科書のことはよく知っているが、会話は全くできない学生が多い。
日本企業に就職したい。外交官になりたい。日中友好のために仕事をしたいと、学生達の希望は大きく膨らむが、現実が伴っていないと感じる。
■四川省の日本語学校
中国四川省の成都の街から高速道路を車で3時間。
南充市というところに蚕糸学校日本語科がある。
学生は約200名。
「私の家はパンダの故郷です」という田舎の素朴な子ども達が日本語を勉強している。
学生達にとっての日本は、教科書と劉先生の日本語のみという環境だ。
それでも日本語に興味を持ってくれることは、日本人として感動だ。
私達に何か役にたてることはないだろうか?思案が続いていた。
■学生達とぜひ交流したい
友人の個展の会場でお会いした墨絵の先生。
彼女はイギリスや、オーストラリアでも墨絵を即興で描く技術を披露しているという。
何にたいしても前向きでバイタリティのある女性だ。
初対面で、中国の南充市蚕糸学校の学生達の話をした私。
「観光の旅ではなく、南充市の学生達と交流したい」と墨絵の先生が言う。
「それじゃあ、今度一緒に行きましょう」と決定するのに時間はかからなかった。
また、私の友人のご主人が、以前からソフトボールの監督さんをしている。
70歳。退職後は何をするわけでもなくテレビの前で座ったままという生活。
「中国の学生達にソフトボールを教えに行きませんか?」という私に、監督さんも感じるところがあったのだろう「行く」と決めたのは早かった。
「多分これが僕の最後の海外旅行になると思う」などと話をしていたそうである。
「ところでグローブはある?バットはある?ベースは?メジャーは?」の質問に「さあ?」という返事しかできなかった。
ベースは、監督夫人の手作りで準備。
「まさか金属バットは飛行機で持っていけないよね?」
当たり前のような不思議な疑問だった。
出発間際に南充市の劉先生から「会場は、蚕糸学校ではなく、西華師範大学のキャンパスで大学生とも合流する!」という連絡だった。会場が大きくなったのだった。
今回も一体どうなることか、実をいうと、私自身も、行ってみなければ分からないという、極めて無責任な中で、それでも何か期待感が大きく膨らむ旅となった。
四川省を中心とする大地震について
〔この記事の原稿をいただいた後、5月12日に四川省を中心とする大地震が発生いたしました。記事を書かれたまこちゃんより、訪中の際に知り合った方の安否などのご連絡がありましたので、掲載いたします。なお、記事の最後にて「ミャンマーサイクロン災害、中国 四川大地震 被災者救援チャリティーコンテンツ」のご案内しております。ご参照ください。(編)〕
四川省文川地域を震源地とする地震が発生というテレビのニュースに信じられませんでした。
ちょうど、この記事を書いた南充市は、成都と重慶を三角形の底辺として、三角形の頂点付近にあたります。
電話がなかなか通じなかったのですが、劉先生は「揺れはありましたが、被害はありませんでした」とのことでしたが大きな地震に心が痛みます。
多くの犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
まだ倒壊した校舎小の下敷きになっている児童も多いと聞きます。
さぞ怖かったでしょう。不安でしょう。
一刻も早く救出してあげて欲しい。
四川省のみなさんの無事をお祈りしています。
〔この記事の原稿をいただいた後、5月12日に四川省を中心とする大地震が発生いたしました。記事を書かれたまこちゃんより、訪中の際に知り合った方の安否などのご連絡がありましたので、掲載いたします。なお、記事の最後にて「ミャンマーサイクロン災害、中国 四川大地震 被災者救援チャリティーコンテンツ」のご案内しております。ご参照ください。(編)〕
四川省文川地域を震源地とする地震が発生というテレビのニュースに信じられませんでした。
ちょうど、この記事を書いた南充市は、成都と重慶を三角形の底辺として、三角形の頂点付近にあたります。
電話がなかなか通じなかったのですが、劉先生は「揺れはありましたが、被害はありませんでした」とのことでしたが大きな地震に心が痛みます。
多くの犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
まだ倒壊した校舎小の下敷きになっている児童も多いと聞きます。
さぞ怖かったでしょう。不安でしょう。
一刻も早く救出してあげて欲しい。
四川省のみなさんの無事をお祈りしています。
■上海で住んで
私は以前主人の転勤で上海に4年間住んでいた。
現地で住むことは、異文化を肌でふれる勉強のチャンスだと思った。
上海の友人に加えて、旅に出るたびに中国各地で友人ができた。
上海農業大学の日本語科で日常会話を教えていたことがある。
日本人がたくさん住んでいる上海であっても学生達は日本人と話す機会はないという。
文法や教科書のことはよく知っているが、会話は全くできない学生が多い。
日本企業に就職したい。外交官になりたい。日中友好のために仕事をしたいと、学生達の希望は大きく膨らむが、現実が伴っていないと感じる。
■四川省の日本語学校
中国四川省の成都の街から高速道路を車で3時間。
南充市というところに蚕糸学校日本語科がある。
学生は約200名。
「私の家はパンダの故郷です」という田舎の素朴な子ども達が日本語を勉強している。
学生達にとっての日本は、教科書と劉先生の日本語のみという環境だ。
それでも日本語に興味を持ってくれることは、日本人として感動だ。
私達に何か役にたてることはないだろうか?思案が続いていた。
異文化の勉強も私達にも大切なことだと思う
■学生達とぜひ交流したい
友人の個展の会場でお会いした墨絵の先生。
彼女はイギリスや、オーストラリアでも墨絵を即興で描く技術を披露しているという。
何にたいしても前向きでバイタリティのある女性だ。
初対面で、中国の南充市蚕糸学校の学生達の話をした私。
「観光の旅ではなく、南充市の学生達と交流したい」と墨絵の先生が言う。
「それじゃあ、今度一緒に行きましょう」と決定するのに時間はかからなかった。
また、私の友人のご主人が、以前からソフトボールの監督さんをしている。
70歳。退職後は何をするわけでもなくテレビの前で座ったままという生活。
「中国の学生達にソフトボールを教えに行きませんか?」という私に、監督さんも感じるところがあったのだろう「行く」と決めたのは早かった。
「多分これが僕の最後の海外旅行になると思う」などと話をしていたそうである。
「ところでグローブはある?バットはある?ベースは?メジャーは?」の質問に「さあ?」という返事しかできなかった。
ベースは、監督夫人の手作りで準備。
「まさか金属バットは飛行機で持っていけないよね?」
当たり前のような不思議な疑問だった。
出発間際に南充市の劉先生から「会場は、蚕糸学校ではなく、西華師範大学のキャンパスで大学生とも合流する!」という連絡だった。会場が大きくなったのだった。
今回も一体どうなることか、実をいうと、私自身も、行ってみなければ分からないという、極めて無責任な中で、それでも何か期待感が大きく膨らむ旅となった。

