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名所・歴史探訪
東京都・青梅市〜昭和レトロ商品博物館〜日本全国47都道府県・不思議再発見の旅vol.13
名所・歴史探訪
土地の名所・史跡は、様々な歴史を教えてくれます。観光にとどまらず、ライターならではの目線で由緒あるスポットを詳しくご紹介します。
成田 青央
語ろ具ライターによるオリジナル記事です。
東京都・青梅市〜昭和レトロ商品博物館〜日本全国47都道府県・不思議再発見の旅vol.13
円谷プロの「怪奇大作戦」をテレビで見ていた方、夜が怖くなかったですか?今回はその「怪奇大作戦」の最終回を飾った「ゆきおんな」を探して青梅を訪ねます。東京の雪女?はてさて何が出てくるやら、お楽しみに。
(編)

日本全国47都道府県を北から順に巡り、その土地の歴史的な不思議をご紹介していきたいと思います。13回目は東京都の青梅市、昭和レトロ商品博物館に行ってきました。
■ゆきおんなの出身地は、東京だった!?
その昔、ウルトラマンで有名な円谷プロダクションが大人向けに制作した、『怪奇大作戦』という、特撮ドラマがあった。
最近は、NHKでもリメイクされたりするほど、コンセプトがしっかりとした作品で、30年以上たった今観ても、古臭さが感じられない名作ばかりである。
その最終回は、「ゆきおんな」がテーマだった。
クライマックスの特撮シーンの見所は、那須高原の草原の空いっぱいに現れた巨大な雪女が、悪人をこらしめて、自分の娘の危機を救うというエピソードで、ほとんどオールロケのような作品だった。
裏事情によれば、製作予算が底を尽き、致し方なく、那須のホテルとタイアップして、強行軍で撮影したそうで、そのためか、このシリーズのクオリティに比べると、かなり、荒削りな仕上がりなのが残念だ。
さて、「ゆきおんな」である。
この作品のロケ地からも伺えるように、その出没地は雪深い山村というのが常識だろう。
事実、豪雪地帯と言われる、新潟県の小千谷地方や、山形県の上ノ山地方、鳥取県東伯郡などには、「雪女郎」や「つらら娘」と呼ばれる伝承が残っている。
この『雪女』の伝説を全国的に有名にしたのは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』であろう。
しかし、実はハーンがこの話を聞いたのは、意外にも東京都西多摩郡調布村出身の親子からだといい、物語の舞台となったのは、現在の青梅市中部の多摩川沿いの渡し付近だったという新説が掲げられている。
このことは、ここ数年を掛けた研究でも確認されており、青梅には実際にそうした伝承が残っているらしい。
現代の気象では、青梅が豪雪地帯だったとは俄かに信じ難いが、江戸時代の気象は、飢饉や天候不良が続いたり、浅間山の噴火なども度々起こり、降雪量も現代からは想像も出来ないほど、降っていたという。
たしかに、安藤広重の「東海道五十三次」の浮世絵版画を見ても、例えば、蒲原(夜之雪)のように、現代の感覚では、考えられないほどの降雪が描かれている絵もある。
そんな事を考えながら、青梅駅(地図)に着き、町を眺めてみると、現在、青梅市の中心部では、昭和レトロをキーワードに、古い映画の看板を掲げたり、駄菓子文化や漫画家の記念館、情感溢れる建築模型の資料館なども立ち並び、古くて新しい観光スポットとして注目されている。(レトロの街、青梅関連記事)

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日本全国47都道府県を北から順に巡り、その土地の歴史的な不思議をご紹介していきたいと思います。13回目は東京都の青梅市、昭和レトロ商品博物館に行ってきました。
■ゆきおんなの出身地は、東京だった!?
その昔、ウルトラマンで有名な円谷プロダクションが大人向けに制作した、『怪奇大作戦』という、特撮ドラマがあった。
最近は、NHKでもリメイクされたりするほど、コンセプトがしっかりとした作品で、30年以上たった今観ても、古臭さが感じられない名作ばかりである。
その最終回は、「ゆきおんな」がテーマだった。
クライマックスの特撮シーンの見所は、那須高原の草原の空いっぱいに現れた巨大な雪女が、悪人をこらしめて、自分の娘の危機を救うというエピソードで、ほとんどオールロケのような作品だった。
裏事情によれば、製作予算が底を尽き、致し方なく、那須のホテルとタイアップして、強行軍で撮影したそうで、そのためか、このシリーズのクオリティに比べると、かなり、荒削りな仕上がりなのが残念だ。
さて、「ゆきおんな」である。
この作品のロケ地からも伺えるように、その出没地は雪深い山村というのが常識だろう。
事実、豪雪地帯と言われる、新潟県の小千谷地方や、山形県の上ノ山地方、鳥取県東伯郡などには、「雪女郎」や「つらら娘」と呼ばれる伝承が残っている。
この『雪女』の伝説を全国的に有名にしたのは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』であろう。
しかし、実はハーンがこの話を聞いたのは、意外にも東京都西多摩郡調布村出身の親子からだといい、物語の舞台となったのは、現在の青梅市中部の多摩川沿いの渡し付近だったという新説が掲げられている。
このことは、ここ数年を掛けた研究でも確認されており、青梅には実際にそうした伝承が残っているらしい。
現代の気象では、青梅が豪雪地帯だったとは俄かに信じ難いが、江戸時代の気象は、飢饉や天候不良が続いたり、浅間山の噴火なども度々起こり、降雪量も現代からは想像も出来ないほど、降っていたという。
たしかに、安藤広重の「東海道五十三次」の浮世絵版画を見ても、例えば、蒲原(夜之雪)のように、現代の感覚では、考えられないほどの降雪が描かれている絵もある。
そんな事を考えながら、青梅駅(地図)に着き、町を眺めてみると、現在、青梅市の中心部では、昭和レトロをキーワードに、古い映画の看板を掲げたり、駄菓子文化や漫画家の記念館、情感溢れる建築模型の資料館なども立ち並び、古くて新しい観光スポットとして注目されている。(レトロの街、青梅関連記事)
「レトロステーション」青梅駅のホームにて
